◆ 2009年8月 1日
シリーズ「森」|第3回

アファンの森から
子どもたちの笑い声が、森の木漏れ日から木霊(こだま)する。
ここは、アファンの森。長野県信濃町、飯綱山の麓にある小さい森だ。アファンの森には、実に多くの生きものが生きている。森に入るなり落ち葉でフカフカな足元からは、ピョンピョンとヤマアカガエルが跳ね、にぎやかすぎるほどの小鳥たちのさえずりは、森の訪問者を包み込む。
実はこのアファンの森も、他の日本の森と同様、20年前までは"幽霊森"と呼ばれる、見捨てられた森だった。
森を蘇らせたのは、アカオニこと、C.W.ニコル。
英国ウェールズ出身のニコルが、初めて日本を訪れたのは1960年代初頭。当時の日本には、まだ人と自然が共に生きている風景があちこちにあった。やさしい人々。そしてなによりも、小さい島国にもかかわらず大型哺乳類であるクマが棲めるほど多様な自然に感動した。そんな日本に憧れて、1980年には日本に居を構え、作家として活動を始めた。
しかし、時代とともに日本は変わっていった。川はコンクリートで固められ、大木がそびえる美しい原生林は無惨に伐採された。野生動物が生息場所から追い出されていくのを目の当たりにした。薪や炭など、森の恵みを生活の糧にしていた日本人の生活は電気や石油にとって代わられ、里山と呼ばれて大切にされてきた森は捨てられていった。捨てられた森は荒廃し、多くの生きものが地域的な絶滅の危機に追い込まれた。
変り果ててゆく日本の自然の姿に、ニコルは心から嘆き悲しんだ。執筆活動を通じて訴え続けたが、声はなかなか届かなかった。
そんな絶望の折、故郷のウェールズから1通の手紙が届いた。
産業革命以来、炭鉱の街として繁栄したウェールズ。かつて森がすべて伐りつくされ、石炭クズに覆われていた谷を、森に再生しているという手紙だった。ニコルはあわてて、何十年ぶりかで故郷へ戻った。すると鉱山跡の荒涼とした谷が、緑豊かな森に蘇っていたのである。その森の名は、アファン森林公園。アファンとは、ウェールズ古語で"風の通り道"。
ニコルは、故郷の森から森は蘇ることを教えてもらった。
野口理佐子
人と自然の研究所/有限会社カルティベイトカンパニー 代表取締役
財団法人 C.W.ニコル・アファンの森財団理事
1994年、環境で食べていくことをモットーに有限会社カルティベイトカンパニーを設立。環境プランニング、コーディネート業務を行う。その後、人と自然のつながりをテーマに、生態系の正しい知識を普及する市民シンクタンク「人と自然の研究所」を設立し、「ビオトープ管理者養成通信講座」を開講。現在、全国各地で約4,500名以上が受講している。日本の森の再生活動を実践する財団法人 C.W.ニコル・アファンの森財団の設立など、あらゆる生物とともに暮らせる地域づくりを目指し、ビオトープ再生を実践中。
子どもたちの笑い声が、森の木漏れ日から木霊(こだま)する。
ここは、アファンの森。長野県信濃町、飯綱山の麓にある小さい森だ。アファンの森には、実に多くの生きものが生きている。森に入るなり落ち葉でフカフカな足元からは、ピョンピョンとヤマアカガエルが跳ね、にぎやかすぎるほどの小鳥たちのさえずりは、森の訪問者を包み込む。
実はこのアファンの森も、他の日本の森と同様、20年前までは"幽霊森"と呼ばれる、見捨てられた森だった。
森を蘇らせたのは、アカオニこと、C.W.ニコル。
英国ウェールズ出身のニコルが、初めて日本を訪れたのは1960年代初頭。当時の日本には、まだ人と自然が共に生きている風景があちこちにあった。やさしい人々。そしてなによりも、小さい島国にもかかわらず大型哺乳類であるクマが棲めるほど多様な自然に感動した。そんな日本に憧れて、1980年には日本に居を構え、作家として活動を始めた。
しかし、時代とともに日本は変わっていった。川はコンクリートで固められ、大木がそびえる美しい原生林は無惨に伐採された。野生動物が生息場所から追い出されていくのを目の当たりにした。薪や炭など、森の恵みを生活の糧にしていた日本人の生活は電気や石油にとって代わられ、里山と呼ばれて大切にされてきた森は捨てられていった。捨てられた森は荒廃し、多くの生きものが地域的な絶滅の危機に追い込まれた。
変り果ててゆく日本の自然の姿に、ニコルは心から嘆き悲しんだ。執筆活動を通じて訴え続けたが、声はなかなか届かなかった。
そんな絶望の折、故郷のウェールズから1通の手紙が届いた。
産業革命以来、炭鉱の街として繁栄したウェールズ。かつて森がすべて伐りつくされ、石炭クズに覆われていた谷を、森に再生しているという手紙だった。ニコルはあわてて、何十年ぶりかで故郷へ戻った。すると鉱山跡の荒涼とした谷が、緑豊かな森に蘇っていたのである。その森の名は、アファン森林公園。アファンとは、ウェールズ古語で"風の通り道"。
ニコルは、故郷の森から森は蘇ることを教えてもらった。
日本の森を蘇らせるプロジェクト:C.W.ニコル・アファンの森財団の取り組み
「日本の森を再び生物の多様性溢れる豊かな森に戻したい」1970年代以来、原生林の伐採や里山の放棄により、そこに暮らしていた多くの動植物たちが生きられなくなっている日本の森。C.W.ニコル氏は、20年前から長野県にある荒廃した森を少しずつ買い取り、「アファンの森」と名付けて森の再生活動を行っている。今では様々な生物が暮らせる森になりつつある。この小さな森の再生が日本中の森を蘇らせる一歩となることを願い、2002年に財団法人を設立。1種でも多くの生物と1人でも多くの子供たちの笑顔のために、森づくりを進めている。
「日本の森を再び生物の多様性溢れる豊かな森に戻したい」1970年代以来、原生林の伐採や里山の放棄により、そこに暮らしていた多くの動植物たちが生きられなくなっている日本の森。C.W.ニコル氏は、20年前から長野県にある荒廃した森を少しずつ買い取り、「アファンの森」と名付けて森の再生活動を行っている。今では様々な生物が暮らせる森になりつつある。この小さな森の再生が日本中の森を蘇らせる一歩となることを願い、2002年に財団法人を設立。1種でも多くの生物と1人でも多くの子供たちの笑顔のために、森づくりを進めている。
財団法人 C.W.ニコル・アファンの森財団:長野県上水内郡信濃町大井 43-2 TEL. 026-254-0801
野口理佐子人と自然の研究所/有限会社カルティベイトカンパニー 代表取締役
財団法人 C.W.ニコル・アファンの森財団理事
1994年、環境で食べていくことをモットーに有限会社カルティベイトカンパニーを設立。環境プランニング、コーディネート業務を行う。その後、人と自然のつながりをテーマに、生態系の正しい知識を普及する市民シンクタンク「人と自然の研究所」を設立し、「ビオトープ管理者養成通信講座」を開講。現在、全国各地で約4,500名以上が受講している。日本の森の再生活動を実践する財団法人 C.W.ニコル・アファンの森財団の設立など、あらゆる生物とともに暮らせる地域づくりを目指し、ビオトープ再生を実践中。
