◆ 2009年4月27日
花信風吹き、歌人の想いに共感す

南関東では桜の花が舞い散り、樹枝はすっかり新葉の緑で覆われるようになりました。
春の一時の素敵な贈り物は、今年も満開の桜花を見せて、春の香りをそこかしこに立ち込めて、風に吹かれては花びらを舞いさせ、此方の心をきれいに洗ってくれました。
桜に対しての、一期一会の出会いの中で、一人の歌人が思い出されます。
その歌人は、平安末期に生きて生命を深く見つめ、花や月をこよなく愛した西行法師です。
法師は、「北面の武士」(御所の北側を警護した名誉ある精鋭部隊)であり、文武両道で華やかな未来を約束されていたにも関わらず、エリート・コースを捨てて、1140年に22歳の若さで出家しました。
春の一時の素敵な贈り物は、今年も満開の桜花を見せて、春の香りをそこかしこに立ち込めて、風に吹かれては花びらを舞いさせ、此方の心をきれいに洗ってくれました。
桜に対しての、一期一会の出会いの中で、一人の歌人が思い出されます。
その歌人は、平安末期に生きて生命を深く見つめ、花や月をこよなく愛した西行法師です。
法師は、「北面の武士」(御所の北側を警護した名誉ある精鋭部隊)であり、文武両道で華やかな未来を約束されていたにも関わらず、エリート・コースを捨てて、1140年に22歳の若さで出家しました。
理由は諸説あるようですが、その後特定の宗派に属さず、地位や名声も求めず、ただ山里の庵で自己と向き合い、和歌を通して悟りに至ろうとする歌人となります。
西行法師の詠んだ和歌のうち桜の歌が230首もあり(植物をとりあげた中では、次の松が34首、第3位の梅が25首)、桜への愛着ぶりがよくうかがえます。
山里で歌を詠み、森閑の静けさに癒され、孤独の侘しさに揺れ動きながら、源平動乱の混沌とした世界の中で、自然や人生をひたすらに見つめ、内面の孤独や寂しさをありのままに詠んだ歌は、どこまでも自然体です。
西行法師の詠んだ和歌のうち桜の歌が230首もあり(植物をとりあげた中では、次の松が34首、第3位の梅が25首)、桜への愛着ぶりがよくうかがえます。
春ごとの花に心をなぐさめて 六十(むそぢ)あまりの年を経にける
(思えば60年余り、春ごとに桜に心を慰められてきたんだなぁ)
吉野山花の散りにし木の下に とめし心はわれを待つらむ
(吉野山の散った桜の下に私の心は奪われたまま。あの桜は今年も私を待っているのだろう)
山里で歌を詠み、森閑の静けさに癒され、孤独の侘しさに揺れ動きながら、源平動乱の混沌とした世界の中で、自然や人生をひたすらに見つめ、内面の孤独や寂しさをありのままに詠んだ歌は、どこまでも自然体です。法師は亡くなる十数年前に、遺言というべき有名な和歌を詠みます。
桜の花の咲く頃、満開の花の下で春逝きたいと願った通り、72歳の生涯を終えて西行法師は2月16日に来世へ旅立ちました。
願はくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃
(如月の望月は2月15日であり、釈迦の命日にあたります)
桜の花の咲く頃、満開の花の下で春逝きたいと願った通り、72歳の生涯を終えて西行法師は2月16日に来世へ旅立ちました。
そして今では、老いた山桜を始め、1,500本の桜が墓を抱く山を覆っているそうです。
花を愛し、歌に祈りを込めたこの歌人の生涯を思うとき、一回限りこの世に生きるということの奥深さに共感させられます。
花を愛し、歌に祈りを込めたこの歌人の生涯を思うとき、一回限りこの世に生きるということの奥深さに共感させられます。
